「ICHI」 女座頭市は時代劇風・・・劇画?

久しぶりに時代劇を観た。
時代劇を観たつもりが、途中から現代劇になっていた。
それは、「GO」であり、「パッチギ」であり「クローズゼロ」だった。
ところが、それもいつの間にか劇画になっていて・・・・



画像
 「IDHI」 公式サイト


音を意識したつくりになっている。
風の音
鈴の音
足音
血しぶきの音
そして、刀を抜く音・サヤに収める音・・・・・・


雑音のない、研ぎ澄まされた感覚だけが捕らえる音は、市 自身が拾う音なのかもしれない。

時代劇でよくある、バサッ・ズバッという人間を切る音はあまりしない。
それだけに、何度も何度も登場するサヤから刀を抜く時の音が、際立ってくる。
先端恐怖症の人でなくても、ぞくっとしてしまうのだ。


画像
‘ごぜ‘と呼ばれる盲目の女 市を助けようとして、反対に助けられる情けない十馬


<ストーリー>

辛い過去を背負って生きているごぜ(盲目の女)の市(綾瀬はるか)は、心をかたく閉ざして、旅をしている。
信じるのは、仕込み刀の杖と、幼き頃に父と信じる男から習った、逆手居合い斬りの技だけだった。

ある時、自分を助けようとした侍 藤平十馬(大沢たかお)を、反対に助け、旅の道連れとなる。
彼は幼き頃、自分が練習していた真剣で、母の両目を失明させてしまったトラウマで、剣を抜けずにいたのだ。

二人が着いた宿場町では、町を仕切る白河組の2代目 虎次(窪塚洋介)が、町を荒らす万鬼党に手を焼いていた。
万鬼の手下を一気に片付けたのが十馬だと勘違いした虎次は、組の用心棒として雇うのだが、早々に刀が抜けないことを知り、ボコボコにする。

そんな時、市は探していた父の行方を知っている万鬼(中村獅童)に会いに、敵陣へ一人乗り込んでいく。





とにかく市が格好いい!
血しぶきだけが飛んでいくストップモーションや、見えない目で遠くを見つめる市の、風になびく髪・・・・
どのシーンをとっても、絵になる。

ほとんどノーメークの綾瀬はるかは、これから公開のハッピーフライトの不細工なパンダメークとは、雲泥の差で、美しい。
こんなに愛らしい顔をしているのに、毅然としていて美しいのだ。
女の私が見ても惚れ惚れとしてしまうくらいだ。



画像
殺陣も三味線も練習して、女優さんはすごいな~


それに比べて、大沢たかおの十馬の情けないことよ。
勿論、‘情けない男‘を演じているわけだが、幼い頃のトラウマにしても、刀の抜けないお侍など、不自然きわまりない。武道は精神も精進して、初めて武道なのではないのか?

トラウマは百歩譲って許すとして、そのことを『恥じている』ように見えない。
侍なら恥じていなければダメだろ?

肝心の‘刀が抜けない‘シーンでも、なぜかうっすらと笑っているところが、納得出来ない。
最後まで勘違いしていたけど、てっきり長いこと刀を抜いていないから、錆びてしまって抜けないのかと思ってしまったくらいだ。


画像
対決のシーンは、西部劇? スキヤキジャンゴかと思った・・・・


「ピンポン」の監督 曽利文彦だけあって、窪塚洋介が好きなんだな~
「GO」の時もそうだが、彼の台詞の言い回しは、あの青くて若かった時だから生きていたのだが、もうすでに彼も立派に大人だ。
父親の偉大な影に、苦悩する2代目という役柄なのは分かるが、組を束ねていくにはあまりにも、あれでは青すぎる。


そのせいか、対決のシーンは、どうしても学園ものに見えてしまった。
市の殺陣を見たいのに~~


それに比べて万鬼党は、絵に描いたように、悪党面だ。
必要以上に派手な衣装を何枚も着飾って、なんだかアニメみたいだな~

過剰な演技と、衣装とメイクで善と悪を現すところや、刀が当たって失明した母に傷一つないのに比べて、万鬼の顔が必要以上にバケモノだったりと、まるで漫画のようだ。
髪がなびくところ、殺陣のアップや、血しぶきが飛ぶような1シーン1シーンが、全て漫画のコマ割のようになっている。


それはそれで、新しい手法ともいえて、素晴らしい。
しかし、力を注ぐべき部分と、ちょっとずれているように感じたのは私だけではなかったのではないか?



せっかくの市の過酷な生い立ちが、後半の軽い劇画チックな展開で、吹き飛ばされてしまったかんじ。



とはいえ、市が小太郎(島 綾佑)に残した言葉は、胸を打つものがあって、しっかり泣いてしまった。
せっかくなら、この上手な子役とのからみをもう少し、深く掘り下げたら、後半急激にしぼんでしまった‘情緒‘が生まれて作品に深みがでたんじゃないかと思うのだが・・・・・




"「ICHI」 女座頭市は時代劇風・・・劇画?" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント