「わたしに会うまでの1600キロ」☆為せば成る

我が家では『旅に出て自分探しをする』ことを、「意識高い系」と呼んでいる。(ちなみに息子が)
例えば先日食事に行った店の隣の席のアラフォー3人組が、「私はフランスに行ってぇ、いい人がいたら結婚してぇ~。」と話している場合、「あ、意識高い系が居る!」とコソコソ言うのだ。


一括りに「意識高い系」と言っても、実は2つのパターンがある。
1つは今流行りの『朝活』『夕活』もそうだし、『ワーホリ(ワーキングホリデー)』など向上心、向学心のある人たち。
身近な処では留学などもそう。
この他には、『自分探しの旅』や『とりあえず海外脱出』などをライフワークにする、先ほどのアラフォー独身貴族がそのいい例といえる。


そんな人たちが大好きそうな映画がコレ!!まさにもっともトレンドな映画といえよう☆
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「わたしに会うまでの1600キロ」 公式サイト (8月28日公開)

<ストーリー>

最愛の母を亡くしたシェリル(リース・ウィザースプーン)は、クスリとSEXに溺れ、結婚生活も破綻する。
ふと目についたパンフで思いつき、PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)に挑戦する。
経験もないトレイルは過酷で、慣れない装備に戸惑い、重たい荷物で傷だらけになって、2分ごとに辞めたいやめたいとつぶやくが、途中で出会った人に教えらえ、助けられ、孤独と飢えと渇きを乗り越えていくうちに・・・・


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無駄の多い大きな荷物を背負い込み、剥がした爪をむしり取って、谷底へ落した靴の代わりにサンダルをテープで足にぐるぐる巻きにして、冷たい川の中も歩いて渡る、想像を絶する過酷さ

何の知識もないままに、ただ行けば何とかなると思って、ふらりとやってきてしまったシェリル。
正しい知識を持つ男性ハイカーが、危険と判断してトレイルを途中棄権してしまうところを、知らないが故に突き進んでいく、(もしくは止めるにやめられなくて)ある意味、結果的に歩ききってしまった・・・とも取れる無謀なチャレンジは、それでも相当な精神力がなければ成し得ない。

途中で飲み水が無くなったり、一つ間違えたら死んでもおかしくなかったよ、これは。

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思い出す母との想い出
歩きながら、たった一人のテントで、度々想い出すのは45歳で逝ってしまった母。
DVの父から逃げて、一人で姉弟を育ててくれた母は、いつも楽しそうにして苦労を微塵も顔に出さない、尊敬できる人。
なぜいつも楽しそうにしていられるの?との問に、「いい所を見つけるようにする」と言った母の言葉を、なぜ、クスリに溺れる前に思い出さなかったのか・・・・??

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母が若くして亡くなってしまったからとはいえ、愛する夫を裏切り、クスリと男に溺れてしまったのは何故?

今回一緒に見に行った学生時代からの親友は、シェリルと似た境遇。
学生時代に母を亡くし、ほどなくして父は再婚して家を出、若くして働きながら祖父母の面倒をみていて、結婚後数年で離婚も経験している(しかも原因は夫の浮気)一人っ子の彼女。
余程シェリルよりも哀しい思いをしていそうだけれど、決してクスリも男もやらなかったし(多分)、浴びるほどお酒は呑むけどちゃんと節度を持って飲んでいるし。

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大自然の中で、共に大きく成長していくシェリルが眩しい

シェリルは表向き母の死で自暴自棄になったとしているけれど、精神のバランスを崩して依存してしまったというよりは、自暴自棄で自堕落な人生を送るきっかけを、「母の死」のせいにしているだけに過ぎない。
それが証拠にカウンセリングにも初めから否定的なのだ。

そんな彼女はある意味、振り幅の激しいギャンブラー的性格を持っていて、森で出会った少年の美しい歌声に救われて初めて心を解放するまで、この生か死か?的方法で肉体を痛めつけることが必然だったに違いない。
過酷な旅を完遂する精神力は、すなわち人生を修正しようとする精神力に繋がって行ったのだろう。
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昔から向上心のない子供だった息子が鼻で笑うタイプの「意識高い系」の人だったシェリル。
本気でスキルアップの為に向学心に燃える人を笑うのは断固良くないけれど、「旅に出れば~~~」「外国に行けば~~」「今の仕事をやめれば~~」と、自分の境遇から安易に逃げ出すことを「自分探し」とか「意識高い」ように言う人には、私も否定的だ。

そういえばノルウェーでも、日本を脱出してはるか遠く北欧まで流れ着いたけれど、言葉も出来ない、仕事も出来ない、物価も高いのに現地に住む日本人を頼って何とかしてもらおうとする若者が居たっけなぁ。
実際日本でもどうにもならない人は、海外でもどうにもならないし、旅に出ても何も得られないし・・・・旅に出たくらいで何かを得られる人は日本にいてもちゃんと何かを得ているものだ。

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1600キロを踏破するとゴールは神秘的に霧に煙った「神の橋」
これが前途洋々、明るい晴天がゴールでなく、困難にくじけず、1歩1歩進んだゴールが神聖なまでに静かで霧に煙った寂しげな景色というのが実に良い。
それはまさに人生のトレイルはこれからなのだと教えてくれる。


その実、この映画で一番お気に入りはトラクターのおじさんがリコリスをくれるところ(笑)
こっそり食べているのが、あんなマズイものって!!!(欧米人には人気のお菓子、普通はまっ黒なんだけど。一節には昆布が主成分とか、タイヤを細長く切ったものだとか(ウソ)言われている、原宿キャンディーショップに売っているyo)
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やたらいっぱいカメラが来てる~と思ったら、今回の登壇者は今幸せいっぱいの澤さん☆

頑張って一歩一歩努力する繋がりなのは判るけど、この映画は息子の言う「いわゆる意識高い系」なのではなく、実はどちらかというと、どん底から這い上がる系映画では?

そう言えば監督は、どん底から這い上がる映画の代表「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン・マルク=ヴァレ。
勇気くれます☆


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