ベルリンの旅☆シンドラーを探して

イースターはイギリス国内をドライブしてお茶を濁そうと思っていたら、息子が「ドイツに行きたい」と言い出した。
ええっ!?じゃあドイツの何処行く?
そんなわけで秋にポーランドのアウシュビッツに行ってから気になっていた、『ドイツでは?』を確かめにベルリンへ出かける事にした。

アウシュビッツへの道☆強制収容所



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トポグラフィー・デス・テロルスにある国家秘密警察ゲシュタポ本部跡
U6線 Koch str駅下車 徒歩8分

すぐ後ろにベルリンの壁が現存するトポグラフィー・デス・テロルスは屋外展示場。
屋外と言っても、4月までは18時に門が閉まってしまう。

ゲシュタポ本部を示すものは、たったこれだけ。


あとは写真展示のみというのが何とも・・・「秘密警察」だからこそ?


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当時のゲシュタポ本部 写真


展示されている写真は、戦前から戦後までをさらっと並べているといったかんじ。
名うてのユダヤハンター夫婦などの写真もあるが、目を覆うような悲惨な記述や写真はない。

日本で見る戦時中の写真のように、戦争中の市民の暮らしはゲシュタポの締め付けも厳しいとか、空襲を受けて焼け野原になっている所とか。


ナチスについてのあからさまな記述が少ないように感じるのは、現代でもネオナチが存在するからなのだろうか?

ヒトラーやナチスのしてきたことは明らかに酷いことなのに、イギリスと違って民族的な統一感のあるベルリンが、どことなく治安がいいように感じる自分自身が、もうすでに民族至上主義の思想と根底では同じ感覚なのでは?と、ちょっと思ってしまって、情けなくなってしまった・・・・






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オットー・ヴァイト盲人作業所 S線U線 アレキサンドラ PL下車 徒歩15分  無料
ビルの片隅から奥へ入ると、ここだけが当時のままの、異質な空間・・・・

正面のビルでは、ちょうど『アンネ・フランク展』を開催していた。


ここがベルリンのシンドラーと呼ばれているオットー・ヴァイトの盲人作業所である。
聴覚障害のあったオットーは、国防軍に納入する「戦争遂行上必要な企業」としてのブラシ工場を作り、ユダヤ人を雇用する事によって彼らの命を救ったのだった。

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オットーとユダヤ人作業員たち
この頃には、オットーは視力を完全に失っていた。(手前 横座りの男性がオットー氏)


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ここだけが古びたビルで、右下の通路を奥へ入っていく。見逃しやすいので注意!(左上)
作業所の入り口は、看板もなし。2階へ上がっていく。(右上)
盲人でもできるの!?と驚く、ブラシの毛を揃えて切るための装置。(右下)
展示室の一番奥に、秘密の部屋がある。(左下)



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白いタンスの奥に隠し部屋がある

雇っていた36人のユダヤ人のうち、最後まで生き延びたのは、たったの4人。残念ながらあとは最終的に収容所へ連行されてしまった。
残ったうちの一人の女性が、この隠れ家をこのまま残して欲しいと希望して、ここが博物館として残された。




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ユダヤ博物館
U線 HALLESCH TOR駅下車 徒歩5分 5ユーロ
クラシカルな建物と近代的な建物を地下でつないだ、斬新なつくりになっている。


ここがすごい!


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通路は3方向に枝分かれしている

様々な方向に伸びた通路は、まるで迷路のよう。
ユダヤ人の歩んだ歴史を現しているのだそうだ。

ドイツに残されたユダヤ人がほとんどいないことから、彼らの遺したものが無い=展示物がないというのが、また恐ろしい。
その代わりここは、建物全体でユダヤ人の心情を表している。

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中央の通路は亡命の道、ドアを開けると庭に出る(左)
右の通路はホロコーストの道、天井は高いが狭く真っ暗な部屋は、天井に細長い明り取りの穴が開いているだけ(右)


亡命の道の先には、49本の柱が立っている中庭になっている。
ここは緩やかな斜面になっていて、柱の林の間に立つと、ぐらりと目眩がして、ものすごい不安感に駆られる。(ビックリハウスの原理)
亡命はしたが、ユダヤ人である事を隠して生活する不安定な生活を表現しているのだという。


ホロコーストの先には、言い知れぬ恐怖が待っている。
重い鉄のドアをばたんと閉めると、細長い明り取りの光が、ものすごい天井の高いところにあるだけの、薄暗い空間となる。
その穴から漏れて聞こえる外の音・・・・・子どもの声、車の音・・・・・ものすごく遠くに聞こえるその音が、自由ははるか手の届かないところにあると思えて、胸がものすごく締め付けられ苦しくなってくるのだ。
涙が溢れた。


展示物や写真がなくとも、ここまでユダヤ人の気持ちを建築物だけで表現できる凄さ☆
建築でありながらアートであり、雄弁に語る文章でもある。


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3つ目の通路には、ユダヤ人の歴史が展示されている
第2次大戦中、ユダヤ人がつけることを強制されたマーク↑ユダヤ人が自分たちで印刷して、形に切り、胸や腕につけることを強要され、そしてそれを目印に迫害された。

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唯一あったアウシュビッツの写真 開放時のもの


ドイツで迫害を受けている時の生活ぶりなども多く展示されているが、収容所の記述はごくわずか。
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敗戦直後、死の行軍で多くの命が失われた。
ようやく収容所から出られても、飲まず食わずで歩かされ、歩けなくなった人はその場で射殺された。

写真の下のガラスケースには、自分で作ったおろし金(金属の板に穴をあけたもの)が展示してある。
木の皮を粉にしたものを水で溶いて焼いて食べて飢えをしのいだのだそうだ。

私たちの想像できる範囲では、全く事足りない出来事が起きていたという事に気付かされる。





ベルリンにもいたシンドラー。
悲惨な体験をして生き延びた人がいかに少ないかが、ベルリンにおける戦争の記録の少なさを物語っているのかも・・・・というのが、私のベルリン体験の感想でもある。





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この記事へのコメント

2011年05月23日 15:23
まだ~むさん、こんにちは!

読んでると切なくなってくるよ><。
特にユダヤ博物館の通路が凄いね!
たとえ亡命の道でも喜びなんて感じられないんだね。
おろし金の話も凄く悲しいよ(T_T)


ノルウェーまだ~む
2011年05月23日 15:52
みすずちゃん、おはよー☆
おろし金は本当にびっくりだったよ。
木の皮を食べて、道端の泥水を飲んだんだよ。
賞味期限で大騒ぎしたらいけないなぁーと。
マリー
2011年05月23日 21:39
ユダヤ博物館・・・
これは素晴らしいですねっ!!
こういう凄いものをもっとTVなどでも紹介して欲しい。いえすべきです~~~。

展示物のない恐ろしさ・・・
語り部さえ残っていない事実。
本当に怖い。同じ人間なのに・・・涙。

餓死という死。どんな思いで木の皮を食べていたのか・・・食べ過ぎ太っちゃう!って言ってる自分が情けない。
2011年05月23日 23:11
まだ~む☆

レポ、いろいろまた写真撮ってお疲れさま!
ここがすごい!って書いてるところの
3つに別れてる道、ほんとはすごそうだね~
実際にみてみたいなぁ。
ノルウェーまだ~む
2011年05月24日 00:47
マリーさん、こんにちは☆
これは本当に凄いの!
でも、体感しないと本当のところは伝わらないのかも。

食べ過ぎて困っちゃうって、そのスタイルで言っちゃうことがもしや罪!マリーさん、有り難く食べましょう♪
ノルウェーまだ~む
2011年05月24日 00:49
migちゃん、またNY行く?
今度は是非ドイツを回ってみて!
そしてベルリンも。
ベルリン映画祭のところも見てきたよー☆
お楽しみに♪

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    Excerpt: ベルリンといえば、ベルリン国際映画祭!!! 映画祭の舞台となる場所もさることながら、過去よりも未来へ向かって突き進んでいるというイメージのベルリンで、様々なカルチャーに出会ってきた。 Weblog: ノルウェー暮らし・イン・London racked: 2011-05-27 06:25